Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
OTHERS

ブログ大黒流

毎日が大黒流
<< 「えんや」「よいさ」唐津くんち宵曳山 | main | オッペケペ >>
別冊誕生!
大黒流総合サイトに別冊が誕生しました。

山笠写真コンテストの写真を大量にスキャンしたので、大量の画像を掲載するために「別冊 大黒流総合サイト」を立ち上げました。プロレス雑誌のようで気に入っています。

珍しい大黒流の飾山の写真がありましたので今回はその話題です。飾山を建てたのは、戦後3回だけです。昭和29年、34年、45年とこの3回です。飾山は金銭面、又、労力面でも当番町負担が大きくなるので、この後計画されたこともありません。どこかがんばってみませんか。

昭和29年の写真がありました。

昭和29年飾山
東下新川端町が当番町ですが、アーケードが架かる前でしたので、飾山笠もかなり高く姿の良い山笠です。

昭和29年の流舁です。
昭和29年流舁
飾山の下部がすっぽり無くなっています。この中を舁山が通ります。所謂トンネル山というものです。山笠の台を引き出して、舁山の人形(この頃はベニヤ板に絵を描いたもの)、杉壁を乗せて、舁山とするのは、引き出し山と同様ですが、飾山笠下部の人形、屋形、岩こぶ、平岩、波形等などを外してしまいます。山舁きが終わったら、また元のように飾ります。山舁の時は毎度この作業が必要となるので、当番町は大変です。
舁山はこの後左折して、冷泉公園の角まで出て押し回して帰ってくるので、先走りの子供たちは飾り山下で待機しています。というよりも、どうせ帰ってくるからまっていようということです。

昭和45年の追山馴しの舁出し。川中の当番です。
昭和45年追山馴し舁出
昭和45年も飾り山を建てました。アーケードができたので、山小屋の高さがぐっと低くなりました。飾山は吊り山で、台を引き出して舁山人形を飾る引き出し山です。このときはトンネル山ではありません。
今の舁山は4メートル50センチ以下となっていますが、昭和の時代は長らく3メートル50センチ程度した。かなり高くなっています。トンネル山作ったら飾りを殆どはずしてしまわなくてはなりませんね。

なにはともあれ、別冊に掲載されている昭和の時代の子供たちの画像には懐かしいものがありますね。皆が皆、今ではすっかりおいしゃんになっていますけど。じっくりと眺めてください。

今日は音二郎の命日です。音二郎忌です。山台苦御一行はオッペケペーだったのですが、うまくいったでしょうか。貞奴は出ないということで無理して見に行くことはありませんでした。山台苦どの、もしくは見物に行かれた方からの報告を待ちましょう。
| 総合サイト | 13:27 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog1.daikokunagare.com/trackback/701048