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ブログ大黒流

毎日が大黒流
山笠移動
ホテルオークラに展示していた山笠飾り、移動しました。
1月頃まで、福岡銀行博多支店(呉服町の仮店舗)に飾られます。
その後はまた、5月頃までホテルオークラに飾られる予定です。

19時より、総勢6人で行いました。
大黒流からは久我山大工・山中取締が参加しました。
写真はホテルオークラから搬出しているところです。







疲れて、福銀博多支店に飾った写真を撮りわすれました。
直会をどげんしょうかということばかり考えていたからです。
誰か、写真を撮って投稿して下さい。

直会は、4人で奈良屋の居酒屋でしました。
秋刀魚の刺身が美味かったです。

追伸:11月11日、オッペケペを承天寺でやります。
    午前10時〜12時ごろまでの間です。
    大黒流からは千里十里の大将と古川前取締が参加します。
| 平成19年山笠 | 08:18 | comments(1) | trackbacks(0) |
始まった!一番山!
平成19年8月11日(土)、山台解きでした。
大黒・土居・中洲の3台しました。
参加者は、
私と久我山大工、大黒流の当番町4人と受取町4人、
それと土居流の西方寺前町1人です。合計11人。

今日のことを、正確に、はっきり言うと、
大黒流一番山の山台苦作業が始まったのです!。

ちょっと写真が多いですが、とどめの、山台苦報告です。
身を清めたか、みんなに確認しないまま作業始めてしいました。

まずは小縄解きで、大黒流と土居流を同時にしました。
中洲流は別棟にあり、最後になりました。
手前が土居流で、奥が大黒流です。


大黒流


左が大黒流、右が土居流。


土居流


手前が大黒流で、奥は土居流。




大黒流の胴金はずしです。


やっぱり当番町赤手拭(永吉君)は、格好だけでなく上手です。
今年1年、ずっと一緒に酒を飲み作業をしてきましたからね。
2度ほど酒では迷惑かけました。お世話になりました。


込栓・くさび・鼻栓を取っています。




部材をばらし始めました。久我山大工、頑張ってます。


表面を一度にはずそうとしています。


表面が取れました(への字が台脚からはずれた瞬間)。
携帯電話のカメラで、これだけの瞬間を撮るなど、プロです。
山台苦作業と言いながら何をしよったか?、分かるでしょう。
五十郎さんのおかげです。


瞬く間にバラバラになります。






山台は解かれました。来年は山台を新調しますが、
棒ぐり・棒受けは引き続き、こき使われます。
これ以外の部材はこれで余生を送ることになります。
ご苦労様でした。


しおりを囲んでの直会です。缶ビール一杯でしたが、
酷暑の中、汗をたっぷり流した後の一杯は最高の快感!でした。
もいっちょ!、脳天から背骨を通り足先までシビレマシタ


もちろん運転手はお茶です。感謝。


当番町も受取町も、
始まったのか?終わったのか?よく分からない、
曖昧で和やかな今(瞬間)を楽しんでいます。


食事は予告どうり「冷や汁」です。
山台苦が昨晩遅くまで下ごしらえしました。
ご飯は、みんなが作業をしている間に炊きました。


よそおっているのは受取町の千里十里関係者です。
山台解きは受取の仕事ですからと世話しています。
写真の向こう側の当番町はお客さん気取りでした。
「美味かったあ〜」と誰も言わなかったので、来年は考えものです。


記念写真です。一人先に帰っています。
写真右端は西方寺前町の元若手(三味線屋さん)です。


受取町の若手も、今年同様、これまで同様、
来年頑張ってくれるでしょう。
私の様に、人生間違わないように頑張ってください。
来年は、若手に迷惑を掛けない酒の飲み方をします。
誓います!。

「麦が無い!」から始まった今年の山、終わりです。
季節労働者の山台苦から、本業の建設会社+NPOに戻ります。
それでは大黒流の皆様、来年まで、御機嫌よう!
感謝!  アッ、18日があったか。  まっいっか。

追伸:すノ三の前取締が参加するつもりだったようです。
    「来られなくなった」と電話がありました。ホッ!?
| 平成19年山笠 | 14:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
山台解き
山台解きを、8月11日(土曜)の朝9時から、
栄進建設の篠栗作業場で行います。
3台します。山大工2人でやるつもりです。

どうしても参加したいという方は連絡ください。
先着順で4名ほどは受け入れできます。
台をばらした後、昼食を現地にてします。
昼食は作業場屋外を予定していますが、
内容については参加人数で考えます。

参加条件は、身を清めておくことだけです。
参加費・昼食代・作業手間賃、いずれも無料です。

なお、誰も参加しなくても問題ありません。
雨天決行です。
参加手続は、台苦まで携帯電話かメールにてお願いします。
| 平成19年山笠 | 15:14 | comments(7) | trackbacks(0) |
山笠一考
 相当にだらだらとした文章ですが、山台が乾き解くまでの間を利用し、ブログを埋めます。

ここで述べたいことは、「本来、山笠をすることとまちづくりをすることは同じで、自治である」ということ、「まちづくりに山笠のパワーを活かし、みんなでまちづくりに取り組まないと、博多が無くなり山笠もできんごとなるぞ」ということです。
 「毎日が大黒流」がテーマのブログですから、問題提起のようなこともブログが活性化して良いのではと思います。たくさんのコメントがあり、このブログで激論があるのは望むところです。「もめるとが山笠てい」と言われますが、博多全体をもめさせるパワーが必要です。
 なお、「NPO博多まちづくりホームページ」を御覧いただければ、博多部でのまちづくり活動やその活動内容が少しは分かります。御覧ください。
http://www.hakatabu.net


平成19年の山笠が終わって

 平成19年7月15日早朝、今年の山笠が終わり、そして来年の山笠が始まった。大きな事故もなく、無事に執り行われたことは大変喜ばしい。
 しかし今年は台風4号のおかげで、山の歴史に残る1年となった。本来15日の山笠終了後の作業である山小屋の一部解体や人形飾り降ろしなどが13日14日に行われたりと、各流の当番町(流を構成する町の中でその年の流全体の世話をする町)をはじめ関係者はその対策に追われた。山笠も、14日の流舁き(流を構成する町々を舁きまわり清める)のスタート時間を早めたり(台風による強風の時間帯を避けるため)、各流の行事も対応した。博多の年寄りも、こんな体験は記憶がないといっている。
 都心部で行われる大掛かりな祭りでこういう臨機の対応ができるのも、単なる関係業者の協力だけでなく、山笠運営を仕切っている博多の人々の「自治する意識」の賜物であろう。

 博多祇園山笠のすばらしいところはこのように、地域自治を体現していることである。運営にあっては助成金もあるが、それは全体費用の一部であり、運営費のほとんどを各流各町の参加者が負担している。参加者全員が運営費の負担をし、参加者全員の自主性・主体性と合意(手一本)で行われるからこそ、多くの地域住民や町外からの参加者があるのである。また、誰か一部の人のためにするのではなく、博多のみんなためにする(祭りの起こりは博多からの疫病退散)ことが貫かれているから七百六十年以上も続いているのである。
 私は山笠期間、山大工(山の台をつくる)をしているが、山台に舁き棒(長さは約3間=5.4メートル)をロープで固定する「棒締め」という作業のとき、この自治の精神が生きていることを誰よりも実感することができる。当番町は毎年、この棒の高さや前後の位置決めには大いに神経を使う。舁き手の意見を聞き・反映し、流全町が納得するようにしなければいけないのである。山大工が勝手に決められないのである。

 舁き棒は円柱状で6本ある。正面(表)から見て右側3本を右肩、左側3本を左肩と呼び、それぞれ外側から1番棒・2番棒・3番棒と名づけられている。そして棒は両端が細く中央部が太く加工されている(ロクロ加工)。だから、棒の先端(棒鼻)は棒の中央部(台下)より高い位置にあることになり、棒鼻と台下では担う人の背格好が違ってくることになる。
 また、棒は棒ぐりで受けるが、そのくり方(深さ)は中央から外側になるほど高くなるように削られているから、1番棒が一番高く、3番棒が一番低いことになる。そして、棒の前後の位置関係は、表側に少し出されているが、このことによって表側(台の前)は見送り(台の後)側より少し高くなる(棒の先端と中央部の太さの違いで)。また場合によっては、棒自身の曲がりを調整したり、棒ぐりの段差以上の差をつけるため、棒と棒ぐりの間に薄い板を敷いたりもする。この他に「きゅうり舁き」と言って、1番棒の中央部(台横)に担ぐところがある。これだけでも十分に高さは低いのだが、ここの棒下部に2〜3僂量收修離バーをしてより低くしている流(大黒流)もある。

 このように担ぐ棒の高さを、棒の形や台への固定の仕方で、13通りに変えている。言うまでもないことだが、これは、あらゆる背格好の人が山を担えるようにするための工夫なのである。山台にはこのような、「自治の精神と知恵」が込められている。

 このほかにも「自治」を大事にする知恵が山笠にはある。箇条書き的になるが、いくつか記す。
○手一本:大掛かりで危険性もありお金もかかる祭りだから、全員一致を
 見るまで話し合われ、ここで得られた合意は反対意見者も従うことを誓う
 ための形が手一本である。意見が煮詰まり時間が来れば、少数意見者
 は自ら身を引くことも必要になってくる。しかし、あくまでも、全員一致だか
 ら、1町でも反対があれば事は決しない。
○当番町:流は10町前後で構成されているが、その年の流の世話をする
 町を当番町という。当番町は毎年順送りされ、構成員全町が行うことにな
 っている。これは、権力・権限が1町に集中する危険を防ぎ、全町が世話
 をする大変さを学ぶための知恵である。流によっては、流当番や世話当
 番というのがあり、町の住民流出やいろいろな事情で、全町的運営をして
 いるところもある。
○山笠振興会:流すべてで構成され、流全体のために世話をする組織で
 ある。昔は1番山笠がそれを担っていたが、戦後に振興会ができた。各流
 の上位組織ではなく、流全体や対外的な調整を行う合意づくりの場であ
 る。
○総代と現役:各町に年寄りが務める総代や、若手が務める取締・赤手
 拭の役員がいる。年寄りは町や流全体の山笠ができる環境づくりを担
 い、若手は山笠を動かすことを担う。そこは厳然と区別されている。長幼
 の序があるとはいえ、役割が違うだけで責任の重さは同じである。

 以上、これまで書いてきたように、博多祇園山笠には「博多の自治の精神と知恵(地域生活共同体である博多のみんなが仲良く楽しく暮らしていく知恵)」が込められ、博多の先人から今日の我々へと継承されてきた。しかし今日、この山笠運営全てにわたって、山の本質を揺るがすような状況・現実がある。
 「山笠があるけん博多たい」というコマーシャルがあるが、この言葉には大きな危険性がある。博多を憂うものなら「何という馬鹿なことを言うんだ」と思うはずだが?、「山笠さえ動いていれば、山笠さえやっていれば博多はすごいのだ」と思い込んだ、何のために山をするのかを考えない山笠馬鹿を生む危険性だ。
 山は博多のためにするもので、決して山のためにするものではない。だから本当は「博多があるけん山笠たい」である。それが分かっていれば、博多の現状を憂うならば、山の本質を知らない者のたわごとだと、このコマーシャルを黙って笑って見過ごせないと思う。

 博多の誇りである山笠は、見えない危機にある。地の人間が極端に少ないのである。博多部外からの山笠応援団の世話をし、運営の段取りをする地の人間の負担の大きさも限界を越えているが、町の住人が実質的に1世帯とか2世帯の町の姿は「山笠を動かす組織」とならざるを得ず、本来の博多自治でなく山笠自治となっている。つまり地域コミュニティが山笠コミュニティになっているのである。残念ながらこの弊害は、外からは見えない。
 その実態は文字にするのもはばかられるほどの大問題で、博多の自治を体現し誇りとする山笠の運営が、音を立てて崩れているのである。博多にこれを食い止め再生する自然治癒力はあるのか、つまり、健全な博多の町を取り戻そうとする人は残っているのか!?。
 昭和21年、戦後の博多に初めてオッショイの掛け声を出したのは奈良屋小学校の子ども達で、その標題は「みんなの博多みんなで復興」。・・・・マスコミや一部の人間に踊らされて山笠をタイムレースにしている場合ではない・・・・山台には早く走ることによる対策はあっても早く走るための工夫はない・・・・山笠に山台に学べ・・・・まちづくりを

同じ事をくどく書く!
 博多の外から、つまり山笠応援団のおかげで山笠の舁き手はどうにかなっている。しかし山笠運営の実態は、少数民族的な地の人々の世話によってなされており、その負担の大きさはあまり知られていない。
 最大の原因は人口の流出・空洞化である。特にファミリー世帯は極端に減り、博多部の四小学校が一つに統合されても児童数は500人ぐらいである。博多部の今の人口はピーク時4.2万人の1/3ぐらいだが、それに占めるファミリー人口の割合は児童数から考えても非常に小さい。
 増えるのは投機的なワンルームマンションと駐車場ばかりである。博多の地主もどこの誰かは分からない。このNPO博多まちづくりができたきっかけとなった言葉、「このままじゃ博多がのうなる」は、残念ながら今も生き続けている。博多に山笠さえあれば良いという考えが間違っていることが、そう遠くない内にみんな分かるだろう。
 分かったときが終えたときにならないよう、山笠に使われる知恵やエネルギー(自治力)をまちづくりに生かさないと博多の先人に申し訳が立たないだろう・・・。


 博多人は、博多部の空洞化を放置し続ける行政や政治や自治会の怠慢と自己目的化に対し、「集団山見せを止めるぞ」と言うぐらいの気概を持てるか!?
| 平成19年山笠 | 10:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
その後
まだ社会復帰できません。このように、まだブログに書き込んでいます。
身体的および精神的な病気です。病名は、山台苦季節症候群。
内容は、年寄化疲労・暴飲不足・寝不足・対人恐怖症・電話恐怖症
     八文字縄脱脂手の平乾燥・鼻取り縄掛け手首腱鞘炎・胴金替え屈み腰痛
     オッショイ耳鳴り・靴履拒否足病・笑顔作り顔面麻痺・翌年心配症
     悔やみ症・慢性♀絶ち・きゅうり過敏症・何でもブログ病・・・

山台は無の境地です。静かに乾きを待っています。
奥が大黒流で、手前は土居流。


台脚さん胴金さんご苦労さん。(見送り左肩)


胴金の次の仕事は、灰皿かな?(表左肩)


山に終わりはない。永遠です。
こんなこと書いて、やはり、病気です。
本業に打ち込める五十郎さんがうらやましい。

山台、いつ解こうかなあ?
| 平成19年山笠 | 11:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
お疲れ様でした
皆さん、お疲れ様でした。また、山笠期間中多大なご迷惑をおかけした、各方面の皆さんご協力ありがとうございました。僭越ではございますが、全山笠関係者を代表して謹んでお礼申し上げます。

7月に入ってのブログのアクセス数です。

1日/205 2日/312 3日/353 4日/513 5日/358 6日/412 7日/379

8日/405 9日/491 10日/559 11日/467 12日/507 13日/618

14日/890 15日/661 16日/536 7月計7,666

6月は4,745 5月は3,431 でした。

やはり、山台苦氏の活躍が大きいのでしょう。皆さんにも楽しんでもらえたかと思います。

まだまだ沢山の画像が届いています。本サイトのほうに掲載しようと考えています。追善山の特集を組みたいのですが、まだ画像が集まりません。
ブログの中身も修繕しようと考えています。
本サイトのほうは、川中もうすぐ四十郎が働きます。今年のページと、上鰮町の法被や他の画像をアップすることになるでしょう。

落ち着いたら、山台苦氏といっぱいやります。年に2回のサイトの世話人会も8月に催します。

自分はすでに社会復帰を果たしました。結構働いています。

東野町総代、山中取締、赤手拭の皆さん、つノ二の皆さんお疲れ様でした。すノ一の皆さん、来年の山笠が始まりました。

山中取締、流れの皆の予想に反して.....
| 平成19年山笠 | 18:43 | comments(3) | trackbacks(0) |
遅ればせながら14日から15日の様子
山台苦のおいしゃんに遅れをとってしまいましたが、14日から15日の様子をお伝えします。

当番町が案内から帰ってきました。11町の町総代、取締のお宅に案内に伺います。今は9日のお汐井取りの前と、15日の追山の前だけです。昔は毎回案内に三度づつ回っていたらしいです。
案内その1

上の写真は、偶然出会ったのであわててシャッターを切りました。この写真は良く写ってますね。
案内その2

桟敷席のもぎりをちょっとサボって、山据えで待機中の山笠を撮ってきました。
山据えで待機中

「い」の入り口です。無理に入ろうとしてくるのがいても入れません。本山総代と奈良屋町の田中さんが入り口を守っていました。
桟敷「い」の入り口です

先走りの子供たちが清道を回っています。
先走りが清道を回っています

おいしゃんがいます。
おいしゃんがいる

写りが悪いのは勘弁してください。途中からレンズが曇ったのかへんなガラみたいなのが写っています。何せあの雨でしたから。
櫛田入りその1

櫛田入りその2

櫛田入りその3

櫛田入りその4

櫛田入りその5

決勝点です。石村萬成堂の二階が計時係に提供されています。
決勝点


サービス画像 土居流の櫛田入り
土居流櫛田入り


上川端通の飾山笠が南日本銀行のところで破損したらしい。決勝点から町内に帰ってきたとき、ぜんざい広場前で飾りをといている様子がおかしいので見に行ったら、枝折の上から四本柱が折れて棒の上に倒れ掛かっていました。櫛田入りの出のところで大きく揺れていたのが原因かもしれません。
書かずにおこうと思ったけれども西日本新聞で報道されていたので書き加えました。

| 平成19年山笠 | 12:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
終わったかな?始まったかな?
さっきまで人形飾りが乗っていましたが、素山になりました。
山台苦だけの世界です。棒締めをし、試し舁きをしたときの逆です。


受取町がやってきました。




杉壁も解体され、枠は山台苦が保管します。


なんとなく・・・な感じで、人形飾りが一人ぼっちです。


午前6時半、山小屋の解体に取り掛かります。


大黒〜土居〜中洲の順で山台を取りにまわりました。
博多駅の山台は昨晩運んでいます。


大黒流れの人形は、一人ぼっちではなかったです。
ホテルオークラに飾りなおされました。
作業は10時20分に終わりました。本当に、たまりませんでした。
山台苦もそうですが、当番町若手は、
立ったまま眠りながら作業を手伝っていました。
可哀想になりましたが、あとちょっとだからとみんなで頑張りました。

当番町取締も駆けつけ、記念写真撮りましたが、完全にブレました。
山台苦も疲れているので、勘弁してください。
分かりにくいでしょうが、取締の右手はピースしています。


取締も、ついに、人形師補佐になりました。


ほぼ、完成です。


もう、これまでが、特派員の限界です。
ありがたい台風のおかげで、私は、久しぶりに、自分の町内の打上に行けます。
日帰りですが、暴れてやろかなと思いました。打上の様子です。
50人を越える参加がありました。
町内から忘れられないように、酒を注ぎ、話しをして廻りました。私の根っこです。

打上の終わり方は、オッペケペ〜祝目出度〜手一本です。

8番山の飾りが倒れたのを打上で知りました。
本当に、今年は、大変な年でした。
タイムがどうたらこうたらでなく、何もないことのありがたさを感じます。

やっと、これで、山台苦という季節労働者から解放されます。
と、言う、のは、冗談で、まだまだ続きはあります。
山台を解体しなければいけません。それだけで終わればいいのですが・・・。
始まったのか?終わったのか? 何も考えたくありません。
| 平成19年山笠 | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
台風山
14日の流舁は時間を繰り上げて舁き出しました。荒れ狂う暴風雨の中をご苦労様でした。

道の向こうでは下新がのんびりと記念写真を撮っていました。渡辺写真館出張撮影です。
下新記念写真

川中です。
14日流舁その1

14日流舁その2

さぶさんから画像が届きました。
流舁その3

流舁その4

流舁その5

帰っています。
流舁その6
| 平成19年山笠 | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
雨ニモマケズ/風ニモマケズ
とはいきませんでした。

川端中央街の飾り山笠も、13日の午後8時からほときました。

ほとんど人形がはずされた状態になりました。
山笠人形を降ろしています

山台だけになりました。この後、棒をはずして台を解体しました。
暗くなるまでかかりました

11時近くまでかかってしまいました。

速報!大黒流の流舁は、30分繰り上がって、午後4時30分舁き出しとなりました。
| 平成19年山笠 | 14:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
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